前回記事はコチラ↓ ↓ ↓
時代は4号機に移り、本格的にパチスロを打ち始めたのはこの頃からですね。
時代は4号機に移り、本格的にパチスロを打ち始めたのはこの頃からですね。
4号機の第一号はチェリーバー(エレコ)ですが、ちょっとだけ触ったことはあります。
まあ、ゲーム性的にはまだ荒削りだったこともあり、継続して打つには至らなかったですね。
4号機から初搭載された「リプレイ」というものに、とてつもない違和感を感じたことを憶えています。
8年前wに書いたこちらの記事↓ ↓ ↓にもありますように、
私が本格的にスロットを打ち始めたのは実質4号機のニューパルサー(山佐)からでした。
ニューパルをかなり打ち込み、だいぶ自信がついた後に、他の台も抵抗なく触れるようになってきた感じです。
この頃から、普段打つメインがパチンコからパチスロに移り、パチンコを打つことが少なくなってきました。
そのため、4号機を打っていた時期に登場したパチンコ台の記憶や知識が、実はちょっと抜けていたりします。
4号機の時代は10年以上に渡った訳ですが、本当に色々な台がありましたね。
次々に新しいアイディアの台が登場し、流行も移り変わり、飽きない日々でした。
4号機最初の頃は、3号機の流れを汲んだノーマルAタイプや集中役搭載機が多かったですね。
ニューパルのヒットのお陰で、Aタイプは大量リーチ目を搭載した台が次第に増えてきた印象です。
……そうか、最近のスロッターはそういうのに違和感を感じるかも知れませんね。
この頃のスロットは、液晶なんかがまだ搭載されていなかったんで、停止出目やリールのスベリでボーナスを察知したりするのが面白いとされていた時代でした。
今でこそジャグラーやハナハナに代表される「告知ランプ」がノーマルタイプの主な告知方法として浸透していますが、当時は「ランプですぐ分かるなんて邪道で面白くない」という風潮だったんですよね。
リーチ目が出たのを見て人知れずボーナスを察知しニヤリ、っていう奥ゆかしさを楽しむスロッターが多かったんです。
ただ、独自の進化をしていた沖縄のスロットは当時から告知タイプがメインでした。
これが将来的に主流になっていくっていう所がまた面白いですよね。
この頃にニューパル以外によく打っていたのは、ソレックス、フリッパー3(共にユニバーサル)、イヴX(メーシー)、エニィセブンA(高砂電器)辺りでしょうか。
エニィ7は、特定ラインに特定の小役がテンパイして「外れる」のがボーナス察知のメインパターンで、その外れる瞬間が楽しくて好きな台でしたね。
沖縄に行った時に30パイのエニィ7も打ちました。
あの頃の沖スロは「メーカーとは一切関係ありません」系の〇モノが多かったんで、ノーマル機なのに謎の連チャンをしたりしていました。
私もその恩恵にあずかることができ、旅費の半分出た!と喜んだりしたものですw
イヴXは小役図柄が「唇」や「ハンドバッグ」など独特で、一歩間違うとイロモノっぽくなっちゃう所なんですが、リール制御やゲーム性がきちんとしていたし、何より個人的に相性が良く結構楽しませてもらえることが多かったんで好きでした。
リーチ目も特定の8パターンさえ覚えてしまえば簡単だったんですが、
とはいえ覚えるまではノートにメモして持ち歩き、授業中に覚えたりしてました←授業聞け
あ、ノートにメモしてたのはケータイとかがまだ無かったからです。時代を感じますねえw
そして、ニューパルのヒットから更にパチスロブームが進み、メーカーが発売する台も増え次第にバラエティに富んできます。
ダイバーズXX、ピンクパンサー(共に山佐)、アラジンマスター(サミー)、トリプルウィナー3、スーパーモグモグ(共にエレコ)、大三元X(高砂電器)、ラッキーチャンス(尚球社)、プレイガールクィーンⅡ、ビーチガール(オリンピア)等が好きでした。
相変わらず山佐ばかり贔屓してました。
ダイバーズはリーチ目がちょっと捻りすぎで取っ付きにくかったんですが、山佐ってだけで打ってたかも(苦笑)。
とはいえ、同じくちょっと一捻りあるピンクパンサーの方はすごい好きだったんですよね。何が違うのかと聞かれると困るんですがw
ただ、山佐を贔屓していたのもこの頃まで。
この後くらいから山佐がニューパルの呪縛に囚われ始め(汗)、カエルモチーフの台ばかりやっつけで作り始めたので全く面白くなくなり、しばらくの間あまり山佐の台に触らなかった記憶があります。
トリプルウィナーはリーチ目が秀逸かつ覚えやすく大好きでしたね。
エレコのAタイプは本当に面白い台が多く、ゲッターマウスもボーナスショップも大好きでした。
スーモグの面白さも折り紙付きですよね。
クランキーコンドルの大ヒットから見ても分かります。
コンドルよりモグモグなのは、例によって良く行くホールにモグモグの設置が多かったっていうだけでw
ラッキーチャンスもメチャクチャ打ちました。
リーチ目よりチャンス目がメインだったので、いつも期待しながら通常時が打てる所に魅力を感じていたのだと思います。
プレイガールクィーンⅡは、イヴXのようにリーチ目のパターンが決まっていたので覚えるのが容易だったんですが、知らない方も多くリーチ目がよく落ちていたものでした。
というか、まだネット等が普及していなかったので情報を得る媒体がパチスロ雑誌くらいしか無く、情報が伝達する速さも現在程ではなかったので、こういうことも結構あったんですよね。
そう言えばある時、よく行くホールのシマでリーチ目が出ている台を見つけ、メダル1枚拾って揃えて遊んでいたところ店員に見られていたようで「拾ったメダルで打ったらダメだよ!」と怒られたことがありましたw
これらの台に共通するのは、やはり「通常時常に期待感を持って飽きずに打てる」っていう所でしょうか。これ大きいですよね。